理想論という言葉。
どうもこの理想論という言葉は、あまり良い意味では使われないように思う。
「そんな理想論を言ってないで、現実を見ろ!」とか。
「夢みたいな理想論では生きてはいけない」とか。
振り返ってみると、こんな言葉が時々耳にしていた。
また、私自身もそうした言葉を向けられたことが何度もある。
そのたびに、私自身あまりいい気分ではなかった。
というか、そう言われるのが嫌だった。
なので、私自身は、人に向けて言いたくない言葉のひとつ。
理想を述べることがそんなに非現実的で夢物語なのだろうか。
いや、それよりも、非現実的なことや夢物語を語るって変なことなのだろうか。
現実論を述べることがカッコよく、すごいことなのだろうか。
言うなれば、理想論述べることは、現実逃避しているということなのだろう。
でも、ほんとうに理想を述べる人は現実逃避しているのだろうか。
そんなの理想論だよと語る人々は、現実逃避していないと言い切れるのだろうか。
理想論と揶揄する人の方が、実は未来志向ではなく、現状維持でいることを求める現実逃避の姿なのではないだろうか。「そんなの理想論。どんなにそんなことをしても(言っても)変わらないよ」と言う言葉がついてくるような気がするのです。
もちろん、理想論を述べるだけでは何も変わらない。
行動するところに理想は現実となっていく。
たとえ、変わらなくても、なにも今は結果が出なくても、行動していれば必ずその理想に近づいていく。
理想と夢の中に閉じこもっていたら、それこそ現実逃避となってしまう。
それよりも行動することがどんなに尊いか。
もうひとつ、自分では行動しない理想論は、人にやらせて理想を現実化しようとするのだからもっとタチが悪い。
先生と呼ばれる輩の中にはそうした人も多々いる。(自分もそのひとり?かも)
だからこそ、行動することが大切なのだろう。
どんなに、難しくても一歩。
そしてさらに一歩。
理想と現実
時の流れに任せた現実論は、惰性という名のリアリティなのかもしれない。
それより、理想を歩み続けることで見えてきた現実の方がずっといい。
きっとその先に、自分が思い描いた現実がある。